第67回鎌倉まつり「静の舞」の演者である花柳流・花柳もしほさんに、見どころや思いを伺いました。
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花柳 もしほ(はなやぎ もしほ)
幼少より花柳流にて日本舞踊を学ぶ。母 花柳公寿也に師事、その後、花柳花人に師事。
現在、横浜市において日本舞踊教室を開き、年に一度、おさらい会を開催。
※詳細は公式ホームページ<外部リンク>をご参照ください。
母が日本舞踊を習っておりましたのでその姿を見て、6歳の頃から母につき日本舞踊を学びました。
9歳の時に『羽根の禿』で初舞台。
平成11(1999)年に、「花柳もしほ」の名前を許され、国立大劇場にて、『楠公』で名披露目を致しました。
その後、師範のお免状を頂き、現在、花柳花人に師事し、横浜にて日本舞踊教室を開き、中学生からご年配の方まで幅広く指導致しております。
師匠からお話しを頂いた時に、真っ先に浮かんだのは、22年前に師匠が奉納させて頂いた「静の舞」でした。
当時20代だった私は、その姿があまりに眩しく、また、いつもの舞台とは違う雰囲気に深く感動した事を覚えております。その後も多くの方の「静の舞」拝見しましたが、どの舞も「静の舞」が奉納の舞であるということを感じさせて下さる素晴らしいものでした。
この身に余る大役を無事に勤めさせて頂く事が出来るか不安ではありますが、精一杯勤めさせて頂きたいと、身の引き締まる思いが致しております。
このご縁を繋いで下さった師匠、関係者の皆さまへ心より感謝申し上げます。
「静の舞」は、長唄『賤の小田巻』という曲に合わせて踊らせて頂きますが、この曲は、源義経の愛妾であった静御前が、吉野の山中で義経と悲しい別れをしたあと、頼朝の部下に捕えられて鎌倉に送られ、鶴岡八幡宮の社前で、頼朝とその妻 政子の所望にこたえて白拍子の舞を披露し、その舞の中で、義経を恋い慕い、その恋しい人の身の安全を祈ったため、頼朝の不興を買ったという故事を舞踊化したものです。
捕われの身でありながらも毅然として、義経の安全の祈る、その勇気と哀切なる心境の表現が見どころと言われています。
日本舞踊をご覧になった事のない方へ、このような機会を通じて踊りの世界に触れて頂けるのは、この上ない幸せと感じております。
鎌倉まつりは、春の鎌倉の一大イベントで、「静の舞」の他にも行列巡行、野点席などが行われ、私自身も、ほとんど毎年足を運んでおります。
一年のうちで一番気持ちのよい季節、訪れる方々の心浮き立つ姿が印象的なおまつりです。
毎年恒例の行事というのは、一年を振り返るのにも大切な機会で、「昨年は、あの方と行ったなぁ」とか、「あの年は風が強かったなぁ」等と折に触れて思い出しております。
鎌倉の歴史と文化を体験できる素晴らしいおまつりを多くの方に楽しんで頂きけたら幸いです。
私は、青春時代を鎌倉女学院で過ごしましたので、鎌倉は故郷のようで、今でも家族でよく訪れます。
鎌倉の好きな所は、あまりにも沢山あって数えきれません。
月並みではありますが、八幡様の石段の上から臨む、海まで一直線に延びる清々しい景色は何度も見ても心が洗われるような思いが致します。
日本舞踊にご興味を持たれた方は、是非劇場にも足をお運び下さい。
日本舞踊協会をはじめ、各流派でも年間を通して様々な公演が開催されております。
また、秋には鎌倉芸術館において鎌倉芸能連盟の公演がございます。
詳細は、ウェブサイトにてご確認下さいませ。
日本舞踊は、映像ではなく、生でご覧頂くのが一番かと思いますので、是非お気軽にいらして頂けたらと存じます。